執事でも王子様でもない。私が「嫌悪」しか感じないご主人様へ捧げる、メイドの独白
今日も、玄関のチャイムが鳴る。その音を聞くだけで、私の心臓は嫌な音を立てて波打ちます。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
口角を無理やり引き上げ、練習し尽くした「完璧な笑顔」で迎える私。でも、視界の端に映るその背中に、私は心の底から、どろりとした黒い塊――「嫌悪」を投げつけているのです。
理想のメイドと、最悪な現実
私がこの仕事を始めたとき、もちろんこんな感情を抱くなんて思ってもみませんでした。メイドという職業に抱いていたのは、献身と、丁寧な暮らし、そして誰かの支えになるという誇り。
でも、現実は甘くありません。私が仕えることになった「ご主人様」は、世間一般のイメージにあるような高潔な人物でも、厳しいけれど愛のある雇い主でもありませんでした。
脱ぎ散らかされた靴下。食べ残しの散らばったテーブル。そして何より、私を「一人の人間」としてではなく、都合の良い「動く家具」か何かのように扱うその視線。
いつしか私の心は、彼の一挙手一投足に対して、生理的な拒絶反応を示すようになっていました。
「嫌悪」の正体は、何なのか
なぜ、私はここまで彼を嫌うのか。自分でも考えてみたことがあります。
性格の不一致? 労働環境への不満? もちろんそれもあります。でも、もっと深いところにあるのは、「不可侵なはずの自分の領域に、土足で踏み込まれている」という感覚でした。
仕事だから掃除をする。仕事だから食事を作る。それは分かっています。でも、彼が放つ独特の傲慢さ、そして私をコントロール下に置こうとする見えない支配欲が、私の防衛本能を刺激してやまないのです。
「お前は俺がいなければ生きていけないだろう?」
言葉には出さずとも、その態度がそう物語っている。そのたびに、私は自分の指先が冷たくなっていくのを感じます。嫌悪感というのは、単なる「嫌い」の延長線上ではなく、自分の尊厳を守ろうとする最後の砦なのかもしれません。
笑顔の仮面が剥がれる瞬間
メイドとして過ごす時間は、私にとって「演劇」の時間です。白いエプロンを締め、髪を整えた瞬間、私は「私」であることを捨てます。
彼が無理難題を押し付けてきても、「かしこまりました」と静かに頭を下げる。コーヒーが苦すぎると文句を言われても、「失礼いたしました」と淹れ直す。
でも、先日、どうしても抑えられない瞬間がありました。彼が私の私物に無断で触れ、品定めをするような目で眺めていたとき。
全身に鳥肌が立ち、胃の底から熱いものがせり上がってきました。一瞬、仮面がひび割れ、私の瞳に宿る剥き出しの「嫌悪」が彼に伝わってしまったかもしれません。彼は驚いたように目を瞬かせましたが、すぐにまたいつもの不遜な態度に戻りました。
その夜、私は自分の部屋で震えながら、何度も何度も手を洗いました。彼の視線に触れた場所を、削り落としたいような衝動。これが、「嫌悪しか感じない」という状態の恐ろしさです。
この感情を抱えたまま、どこへ行くのか
ブログを読んでくださっている皆さんは、「そんなに嫌なら辞めればいい」と思うでしょう。
正論です。ぐうの音も出ません。でも、人生には「辞められない理由」が、複雑に絡み合った糸のように存在しています。生活のため、契約のため、あるいは、この嫌悪感を抱えながらもどこかで彼に「復讐」しているような歪んだ達成感のため。
私は、彼が私なしでは何もできない無能な存在であることを知っています。私が去れば、彼の生活は一瞬で崩壊するでしょう。その「優位性」を握りしめていることが、皮肉にも私の支えになっている部分があるのです。
同じように「嫌悪」と戦うあなたへ
もし、あなたがこの記事に辿り着いたのなら、あなたも誰かに対して「嫌悪」を感じ、自分を責めているのかもしれません。
メイドとご主人様という関係に限らず、上司、パートナー、あるいは親族。逃れられない関係の中で、心に毒を溜めている人は多いはずです。
私は、その感情を否定しないでほしいと言いたいです。嫌悪感を感じるのは、あなたが冷酷だからではありません。あなたが、自分の美徳や尊厳を必死で守ろうとしている証拠だからです。
「嫌だ」と思うことは、あなたがあなたであるための最後の権利です。
結びに
明日もまた、私はメイド服に袖を通します。そして、嫌悪感という名の見えない鎧を纏い、彼に微笑みかけます。
いつか、この鎧が必要なくなる日が来るのか、それとも私が鎧そのものになってしまうのか。
答えはまだ見つかりません。でも、こうして文字にすることで、少しだけ胸のつかえが取れたような気がします。
もしよかったら、あなたの「嫌悪」についても、こっそり教えてくださいね。
――私は、今日もあなたの帰りを待っています。完璧な、冷たい笑顔で。
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